手荷物

朝、私はいつも通りに電車に乗って通勤していた。
郊外のほうに住んでいるため、始発に乗れば座ることが出来る。
しばらく進んだ駅で、一人の男性が私の隣に座った。
何とはなしにその男を横目で見ると、少し変わっている。といっても、
服装がおかしいとかいった事ではない。
その男は、手荷物を何も持っていなかったのだ。
通勤時間帯でもあり、車内は沢山の人で混雑しているが、皆鞄やリュックサックなど、
それぞれの荷物を持っている。一見手ぶらに見える人も、床に荷物を置いているか、網棚の上に
乗せているだけだ。
電車に乗っているということは、何らかの目的のために移動しているということである。
そしてそれには普通、何か荷物は必要となるのではないか。
ちょっとしたことだったがやけに気になり、思い切って話しかけてみた。
「あの、すみませんが…」
「はい、何でしょうか」
「失礼ですが、お荷物はどうされたのですか」
「いえ、持っていませんが…」
「そうではなくて、皆何かしら荷物を持っているものですが、あなただけ持っていらっしゃらないので、
少し気になったのです。差し支えなければ、教えてもらえませんか」
「そうですね…。今は教えるわけにはいきません。
ですが、まあ、正確に言えば、荷物を持っていないわけではありませんね」
「というと、どこかに忘れてきたのですか」
「いえ、そういうわけではありません」
電車が途中の駅に止まり、人の流れが激しくなった。私は一つ思いついた。
「もしや、あなたはこの鉄道の駅員さんで、この電車自体が仕事の道具なのでは…」
「あ、なるほど、そういう考えもおありでしょうな。まあ、そんなようなものです」
「そんなような、とおっしゃるとは、厳密には違うということですか」
「惜しいですが、正解ではありませんね」
電車が発車し、大きく揺れた。男は、ふと腕時計を見て言う。
「お教えしましょうか」
私はもちろん、お願いした。「差し支えなければ、お願いします」
「私は荷物をこれから持つことになるのです。
そして、その荷物の元となるのは、この電車の中にいる人全てです。
つまり私は、事故で亡くなる人たちの魂を冥界へ連れて行く死神…」
私は、声を上げることが出来なかった。突然の激しい衝撃が、私の能力を奪い去っていった。


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